こころの健康を通して、だれもが安心して暮らせる社会をつくります。

精神科看護ブレイクスルー イメージ1

日精看の学術集会がスタートして40年以上が経ちました。いまの時代に精神科看護の新たな突破口を見いだす取り組みとはどのようなものでしょうか。注目の企画をご紹介します。

教育セミナー/教育シンポジウム

現代社会と精神科看護 教育シンポジウム
『多飲水・水中毒のケアを考える』
 
精神科病院と重度の知的障害や自閉症の方のグループホームでの取り組みを紹介します。水中毒に多い「もっとも関係をつくるのが困難」な入所者にどのようにアプローチするかを検討します。

 

●清水昭彦(地方独立行政法人山梨県立病院機構山梨県立北病院)
●伊名岡 宏(社会福祉法人北摂杉の子会共同生活援助事業レジデンスなさはら)
●吉浜文洋(佛教大学保健医療技術学部看護学科)    

 

 

現代社会と精神科看護 教育セミナー
『津久井やまゆり園事件と、その後の精神科医療』
 

平成 28 年 7 月、神奈川県相模原市の障がい者施設「津久井やまゆり園」で起きた殺傷事件は、社会に大きな衝撃を与えました。本事件を通して、これからの精神科医療が果たす役割等についてお話しします。

 

●中島豊爾(地方独立行政法人岡山県精神科医療センター)
   

 

先輩に学ぶ精神科看護 教育セミナー
『ナイチンゲールに学ぶ看護イノベーションと経営』
 

看護の原点は愛であり、その哲学は、ナイチンゲールです。仕事には、頭脳労働と肉体労働と感情労働が同時に発生します。そのための「ひらめき」 「ときめき」 「やるき」を相乗的にどのように発揮すれば自分も元気になって組織も元気になるかを紐解きます。

 

●松村啓史(テルモ株式会社)  

 

 

先輩に学ぶ精神科看護 教育シンポジウム
『時代の変化にどう立ち向かってきたか !?~よりよい精神科看護を実践するために~』
 

臨床経験 40 年以上と支部長経験のある諸先輩より、これまでの時代での「精神科看護の転換期」 「当時に抱いていた葛藤」 「乗り越えたモチベーション」等の話をうかがい、新たな時代に向かって、考えるべきことを学びたいと思います。
 


支部企画
差別・偏見 ハンセン病の歴史と看護
講師 岡本悦子(国立療養所長島愛生園 看護部長)
6 月 17 日(土) 13:45~14:45  第 2 会場( 3 F )

 近代における日本のハンセン病対策は外国人宣教師によって始められた。その後, 1909 (明治 40 )年,政府は法律第 11 号癩予防二関スル件を制定し,行き場をなくした患者の隔離収容が始まり, 1931 (昭和 6 )年には「癩予防法」が制定され,すべての患者を強制隔離の対象とした。また,同時期に行われた「無癩県運動」により,ハンセン病患者への偏見が助長され,多くの患者やその家族が差別の対象として社会から排除された。
 療養所の中では長らく職員不足が続いたため,入所者自ら様々な作業を行い,看護や介護も入所者の手によって行われていた。また,逃亡者の監禁や結婚の条件としての断種や堕胎など様々な人権侵害も行われた。 1947 (昭和 22 )年,日本では特効薬が使用されたが,この法律は 1996 (平成 8 )年まで続き,2001 (平成 13 )年には,らい予防法が憲法違反であったとの判決が出され,政府は謝罪した。
 現在は,かつての人権侵害の様子や差別に抗う入所者の姿勢から人権問題を学びに多くの見学者が訪れている。国立療養所長島愛生園創立から約 85 年が経過した現在,入所者数は 190 名,平均年齢 85歳となっている。「ハンセン病」と宣告された日から始まった深い悲しみと絶望は,私たちの想像をはるかに超えていると思う。当時は困難な状況でありながらも,お互い助け合い,その人なりの生きがいを見いだし,今まで歩み続けてきた人生の最終段階にある入所者に対し,「生きていてよかった」「愛生園でよかった」「今が幸せ」と感じてもらえる,最高の看護や介護を提供したいと考え実践している。

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